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CabaretM1

官能小説家、深志美由紀の日記

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殺人鬼フジコの衝動

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「殺人鬼フジコの衝動」読了。

限定版小冊子はこれから読む!


日付で一昨日から実家の母が遊びに来ていて、夕方から飲んでカラオケして帰って寝て昼から飲んでというご機嫌なGWを過ごしつつも合間合間に貪り読んでしまいました。


わたしの母は善良な主婦であり、私を小学生にあがる頃から養ってくれた養父もまた善良な夫であり、ただ少し二人とも見栄っぱりで、世間からいかに幸福に見られるかという一点のみが我が家においての最優先事項でありました。

連れ子同士の再婚であったので尚更かもしれません。


母は養父がいかに善い夫であるか、自分がその夫に愛されて幸福であるか、あなたは幸せね幸運ねと家族から他人から誰からも賞賛されるようそれだけに腐心しており、見栄と世間体のためなら実際の不満も理不尽も捩じ曲げて受け入れるという生活を送っていましたが、しかし現実と虚構の落差に最近ようやく目を向ける気になったようです。
が、父はまだ母の変貌を理解することができないらしく、少々我が家には問題が渦巻いています。今現在、なうね。

まあ実際不幸度はたいしたことないの。
どの家にもよくある程度の話です。

ただ現実を見ないということに関して、我が両親のかたくなな歪み加減は素晴らしい。
「殺人鬼フジコの衝動」に繰り返し出てくる言葉、「悪いことは人に知られなければなかったことと同じ」。
そのとおり、隠し通せればそれはないことと一緒です。

彼らは善良な、実に善良な嘘つきだった。


人は自分が幸せである(と見られる)ためにはどんな嘘でもついて自らをも騙すものです。
他人から善く思われたい。
善い人だねと言われたい。
幸せだねあんな風になりたいねと、羨まれたい。

そのために現実を捩じ曲げて、自分が本当に欲しいものからも目を逸らす。
不都合なことは忘れてしまえばなかったことになるし、ほんの少しだけズラして記憶を上書きすれば善良でいられることは多い。
けれどそれは誰にでもある防衛本能で、自然なものなのかもしれません。


人は自分が不幸であること、悪であることには耐えられない。けれど幸福になるために一歩踏み出して何かを変えるには勇気が必要で、努力して幸せになるとも限らない。自分の中の悪意と向き合うのは苦しい。

だから今の自分を最高に幸福に「見せる」ことに腐心して、「悪い誰か」を非難するのです。



私の両親も、そしてフジコの両親も、フジコ本人も、ただ善良で幸福でありたい、ごく普通の人間だった。



私はエゴイストで我慢が嫌いだから、自分を幸福に見せるために理不尽を耐え忍ぶことなんかできない。
本当の意味で、自分の心さえ健やかならいいの。他人から見える幸福になんか何の価値もない。

これが「フジコ」にならないための、ただひとつの手段だと思うのです。

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